イラク日報はないと答弁していたのに、今回その問題の「日報」が発見されたと、小野寺防衛大臣が発表していました。
日報が発見してから2ヶ月後以上後の発表となりましたね。
なぜ、2ヶ月以上もかかったのでしょうか。調べてみました。
イラク日報が見つかったと発表
今回見つかった文書は、イラクに派遣された陸上自衛隊の日報です。
平成16年から18年までの、376日分、約1万4000ページにわたるものです。
この約1万4000枚の紙を、上に積み上げると、高さ1メートル20センチにもなるとのことで、かなり膨大な数だとわかります。
この頃、派遣された部隊は、イラク戦争後の復興支援にあたっていました。
防衛省関係者らによりますと、
イラク派遣の日報には、部隊の活動状況や現地の治安情勢など、部隊の安全な活動に欠かせない重要な情報が記されていて、東京の陸上幕僚監部などに毎日報告されていたとのことです。
去年の2月、当時の稲田防衛大臣は、国会で
「確認をしましたが、日報を見つけることができませんでした」
と答弁していましたね。
答弁した理由について今日、稲田元大臣は
「その時は確認したけど、発見されなかったということで、その報告を受けて答弁していたものです。徹底的に捜索をして見つかったということ」
と話していました。
前回の時は、徹底的に捜索しなかったのかと疑ってしまいますね。
報告までに2ヶ月以上かかったのはなぜ?
防衛省側は、大臣への報告が2ヶ月以上かかったことに対して、
「日報の探索漏れがないかといった観点から精査を重ねた。必要な作業を行なったため、時間がかかったと理解している」
と話しています。
防衛省が日報の存在を発見したのは今年1月に
・陸自研究本部
・陸自衛生部
で発見しました。
この2件について、2月27日に統合幕僚監部に報告されました。
さらに、統合幕僚監部から小野寺防衛相に報告されたのは、3月31日。
そして4月1日に発表となりましたね。
なぜ、発表までに時間がかかったのかについて防衛省は、
「過去の幅広い日報を調査していて、イラク派遣のものと確認するのに時間がかかった」
と説明しています。
イラク日報の発表が遅れたのは隠蔽か改ざんか?
財務省の決裁文書の改ざん問題が続いていて、今回の問題。
イラク日報の発覚から発表までが2ヶ月以上もあり、その間に改ざんをしたのかとも言われていますね。
また去年の2月に、当時の稲田防衛大臣は、国会で
「確認をしましたが、日報を見つけることができませんでした」
とハッキリ廃棄したと言ってるのに、イラク日報があったわけですから、隠蔽しようとしていたのでは?と言われても仕方ありません!
これが問題なのです。
文書自体の保管方法がどうなっていたのか、そしてなぜ、見つけられないのかが疑問なわけですが。
やはり稲田前防衛大臣が、一度なかったとしていた日報があったのですから、
「見つけることが現状できませんでした」
ならまだ分かるのですがね。
森友問題がなかったら、イラク日報が発見したと発表しなかったかもしれません。
自分が不利なことはしないでしょうからね。
誠実に日々の業務をこなしてほしいものです。
二階さんはこの件について
「行政は信頼を失ったら何もできなくなってしまう。信頼を回復するように全力をあげてもらいたい」
と話していましたが、本当にその通りですね。
ということで、イラク日報の発見からなぜ2ヶ月以上後に発表になったのか?やはり隠蔽や改ざんなのか?について調べてみました。
文書の管理がずさんですね。管理が下手なのか、人手が足りないのか。
どっちにしろ、隠蔽や改ざんか?と疑われないようにクリーンな政治をしてほしいものです。